2012美しい村特集vol.6


野原の中のテラスの椅子に長い時間ただ座っていて、心がやすらぐ・・・心を楽にさせ、自然の安らぎを持つ・・・そんな美術館です———。そう言って軽井沢にルヴァン美術館を創り、愛し続けた西村八知氏が2012年2月4日に永眠された。享年90歳。本特集ではその追悼展の概要を紹介する。


ルヴァン美術館


ルヴァン美術館内部「風」という名の美術館


1920年、軽井沢の沓掛(今の中軽井沢)の星野温泉を見下せる丘の上の別荘に、西村伊作は与謝野寛、晶子たちと1週間ほど滞在していた。軽井沢にいた有島武郎の別荘(そこが臨終の家だった)へ馬車で訪ねたり、千ヶ滝の秋草の原に遊んだり———。やがて彼等の間には、子供達の為に個性と自由の美しい学校を創る夢が生まれた。そして1921年、東京駿河台に西村伊作が文化学院を設計・建立。英国のコテージ風の白壁の校舎、緑の芝生の庭で可愛い少女達の遊ぶ風景が実現した。


ルヴァン美術館内部1
型にはまらない自然な教育、質素でも美しい生活。これが伊作や与謝野夫妻そして石井柏亭たちの共通した思想であった。その魅力にひかれて、多くの芸術家たちが教育に参加した。文学部では高浜虚子、菊池寛(2代文学部長、初代は与謝野寛)、川端康成、横光利一、小林秀雄、阿部知二、そして4代文学部長佐藤春夫などが前期の教授陣に。美術部も石井柏亭を中心に赤城泰舒、中川紀元、山下新太郎、正宗得三郎、有島生馬などが親身になって参加した。またその中期には今泉篤男を中心に硲伊之助、脇田和、山口薫、村井正誠、佐藤忠良、不定期の特別講師に棟方志功、猪熊弦一郎なども参加した。


その傍ら、最初の校舎は震災で失われ、二度の建て替えの後、現在の文化学院駿河台校舎に至る。そして1997年、西村八知氏が私財を投じ、創立当初の校舎の雰囲気を可能な限り忠実に再現する形で、軽井沢にルヴァン美術館を設立した。


「LE VENT」はフランス語で「風」を意味する。ルヴァン美術館は、大正の芸術家たちの創った夢と風の思想を今に送るために、創られた。



西村伊作と西村八知
西村八知と文化学院
八知氏の父、西村伊作は文化学院の創立者であると同時に、大正、昭和を代表する建築家、画家、陶芸家、詩人、生活文化研究家だった。八知氏は伊作の子ども達9人の中の8番目に当たる。


「———伊作は近寄りがたいイメージの人でしたが、八知先生はとても穏やかで親しみ易く、大きな声を出すことなど、一度もありませんでした。でも考え方は、一番、伊作に近かったと思います。」八知氏の姪であり、ルヴァン美術館の副館長である木田三保氏は、そう語る。


八知氏自身も著書「夕暮れの散歩」にて、———ぼくは伊作の説を引用したり真似したりする気は毛頭ないんだが、無意識に似ているところがあるらしい。と書いている。


ルヴァン美術館内部3西村八知と文化学院


例えばそれは、創作面にも現れている。伊作が文化学院を創る時、まずはじめに思い描いたのは教育理論ではなく、かわいい少女たちが色とりどりの洋装で、英国のコテージ風の校舎と芝生で遊んでいる風景だったそうだ。そして八知氏の描いたルヴァン美術館の景色にも、少女たちの姿がある。木洩れ日が揺れ、少女たちが軽やかに戯れ、そこに伊作と同じ目線が感じられる。

西村八知と文化学院
また、伊作は手仕事を好み、陶芸作品を数多く生み出した。そして八知氏もテラコッタの立体作品を多く残している。テーブルに着くと、常に粘土で何かしらの形を作っていたそうだ。それは神話の女神であったり、表情豊かな愛犬の姿であったり、さまざまだ。



文化学院の「ハッチ」先生


西村八知と文化学院
西村八知と文化学院

八知氏は1988年から2007年までの19年間、文化学院の校長を勤めた。「校長なのに、生徒たちからは「ハッチ」「ハッチ」と呼ばれていたんですよ。」文化学院での八知氏について尋ねると、木田氏はそう語った。「とにかく生徒の良いところを見付けて、よくほめていました」


本当の教育とは、エリートを作るのではなく、自信を持たせて嬉しくさせることではないか。そう語っていた八知氏。


生徒たちに関するこんなメモも残している。
———皆さんの可愛いところを見るのが楽しみで学校へ来てる。可愛くない人もいるが、必ず可愛いところがある。


展覧会の一角には、同氏が笑顔で生徒達と写っている写真の数々が飾られ、その交流が窺い知れる。


しかし一方で、優しいだけではない教育理念もあった。


———芸術の世界では強い表現が必要だが、そのためには弱い表現、デリケートな弱さが強さを深めるのだということも知らねばならない。


———子供が保護されすぎたり、子供にサービスしすぎると、孤立の精神つまり自分が最良の先生であることを忘れる。自分の中に居る先生が自分の人生を、自分の人格を決めてゆくのだ。


八知氏は子ども達の弱い面を長所と言って伸ばし、そして孤独のときこそ、自然や人間の心の不思議さに出会えるとして、孤独を楽しむ精神を重んじた。


それは創作活動の場においても同様で、学生達から先生の家へ遊びに行きたいと言われても、自分のところは南海の孤島のように静かでありたい、という思いから、いつも断っていたのだそうだ。展覧会では、そんな八知氏のアトリエも再現されている。


西村八知と文化学院西村八知と文化学院西村八知と文化学院
※左から、再現された八知氏のアトリエ、八知氏作品「軽井沢に草花」、「南スペインの漁村」。



不思議な神秘的な自然

展示室のショーケース内に、このようなメモも見付けた。


———人生は遊びだ、散歩だ! ぼくの人生、それは遊びでいっぱいにしたい。せっせと歩くんでなく、ゆっくりと散歩したい。ひとからは遅れても、着かなくてもいい。のんびりと道草をする。


ここで言う「遊び」「道草」について、その真意に触れていると思われる文章が、著書の中にある。


———芸術や哲学は良い暇つぶしをしないと生まれない。それはまず考える作業よりも、あの林の中で木洩れ日が地面に落ちているのを見て「ああ・・・」と思うことから始まるのである。不思議な神秘的な自然。それがすべてのもとに存在している。


八知氏は、人が自然の一部であること、自然に生きることを尊んだ。そして文化学院は、自然の偉大なものを感じる教育であると言っている。


ルヴァン美術館井戸西村八知と文化学院


「ルヴァン美術館を創る際、八知先生はことさら庭園にこだわったんです」と木田氏が語った。庭が人工的に見えることを嫌い、出来る限り自然な景観になるように、何時間も外で植栽の細かなプランを練ったそうだ。


ルヴァン美術館裏庭


ルヴァン美術館バラ
設立から15年。庭園の植物たちは軽井沢の自然の中で自由に枝葉を伸ばし、今や人の手では作り得ない美しい景観へと成長した。それはまるで八知氏の絵から抜け出てきたかのような光景だ。この、不思議な神秘的な自然を、愛情深い八知氏の言葉や作品群と共に、是非体験して頂きたい。


追悼展は11月4日まで開催。


参考文献
「夕暮れの散歩」西村八知著(ルヴァン美術館)
「きれいな風貌 西村伊作伝」黒川創著(新潮社)


<同時開催中の企画展>

西村伊作 楽しみの為にする仕事
西村伊作 〜楽しみの為にする仕事〜


自由な教育で知られる文化学院の創設者西村伊作は、「楽しみの為にする仕事」を生涯の仕事とした。絵を描き、陶芸を作り、建築や家具、洋服のデザインなど、「生活を芸術として」の言葉どおり、生活の質を高め、創造的に生きることを目指した。


第一室では、伊作が提案した「居間中心の住宅」の設計図、子どもの洋服のデザイン(復刻品)、絵画、文化学院校舎のイメージスケッチなどが並んでいる。また家族を大切にした伊作は、多くの家族写真を残しており、当時の様子をよく伝えている。


西村伊作西村伊作 楽しみの為にする仕事西村伊作 楽しみの為にする仕事


第二室「伊作の陶芸」には、200点を越える遺作の中から抜粋された代表的な作品を展示している。伊作は自宅に窯を築いて素朴なイギリス風の表現や、釉薬の実験に熱中した。窯の中で炎という自然の力がもたらす思いがけない効果に、なにより引きつけられていたという。その造形にも、伊作の絵画で見られる自由でうねるような動きが現れている。


<美術館イベントの予定>

ローズフェスティバル 〜バラとお茶の会〜


7月1日(土)〜16日(月)10:00〜17:00 料金:2,000円(各種特典あり)


トイピアノコンサート(ピアノ:畑 奉枝/ソプラノ:大久保 宏美)


7月16日(月) 18:00開場 18:30 開演 料金:2,500円


サマーコンサート 18:00開場 18:30 開演 料金:3,000円(ワンドリンク付き)


①近藤知花 ピアノコンサート 8月11日(土)
②ボサノバ/サパトスコンサート(木村 純・三四郎) 8月18日(土)
③一噌幸弘(能管・篠笛・角笛・リコーダー 他)・壷井彰久 8月25日(土)
④ギター&ヴァイオリン デュオコンサート(上田浩司/カレン・イスラエリアン)9月1日(土)
※③④は軽井沢ペット福祉協会チャリティコンサート


秋のアートフェスティバル(スケッチ大会、体験教室)


9月22日(土)10:00〜17:00 入場無料
※美術館展示説明会 13:00〜


<その他の施設>

ルヴァン美術館ミュージアムショップ
ミュージアムショップ


芸術家、アーティストによるセレクトされたグッズを多数販売。書籍も文化学院創立者西村伊作や学院の卒業生、その他を扱っている。


カフェ・ルヴァン
カフェ・ルヴァン


広々とした庭から浅間山を望むカフェで、ランチ、ケーキを楽しめる。


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